台所で飲む一杯のコーヒーが、私を少し前に進ませてくれる理由
いつもの日常が、今日も静かに始まる。
朝はバタバタと子どもの支度をし、自分の身なりを整え、児童クラブへ送り届ける。
そのまま仕事に向かい、就業のチャイムが鳴った瞬間に「はぁ」と一息つく。
忙しい毎日を送っていると、「自分のための時間」はどうしても後回しになりがちだ。
子育てと仕事を両立していると、気づけば一日が終わっている。
「特別なことはしていないけれど、毎日が精一杯」
きっと、同じように感じている人は少なくないと思う。
仕事が終わればお迎え、帰宅するなり晩ご飯の用意。
といっても、決して手の込んだものではない。
白米は早炊き。その50分の間に2〜3品。
一息つく間もなく、お風呂に洗濯。
すべてを終えたあと、ようやく訪れる自分の時間。
それはリビングではなく、なぜか 台所で飲む一杯のコーヒーだ。
小さな台所と、何もしない時間
子どもの頃、実家の2階には簡易的な台所がありました。
なぜかそこで本を読んだり、塗り絵をしたり。
中学生になると、特別な理由もなくその台所に座り、
ただぼーっとしたり、ラジオを聞いたりしていた。
何かを生み出す時間ではなかった。
でも、あの「何もしない時間」が、心を整えてくれていたのだと思う。
今、私が台所でコーヒーを飲む時間も、
きっと同じ役割をしている。
家事や仕事に追われる生活の中で、意識していないと心の余裕はすぐに削られてしまう。
最近では、あえて何もしない時間をつくることが、ストレス軽減やメンタルの安定につながるとも言われている。
特別な趣味や高価なリフレッシュ方法でなくてもいい。
毎日の中に、数分の“区切り”を持つだけで、気持ちは驚くほど変わる。
私にとって、それが台所で飲む一杯のコーヒーだった。
「時間がない」は、当たり前になっていた
子育て、仕事、家事。
以前の私は、気づけば「時間がない」が口ぐせになっていた。
何かを始めたいと思っても、
「余裕ができたら」「落ち着いたら」と先送り。
でも現実は、
待っていても時間は増えない。
だから私は考え方を少しだけ変えた。
「時間をつくる」のではなく、
**「時間に縛られすぎない選択肢を持つ」**という考え方だ。
自動売買という“もう一つの選択肢”

その中で知ったのが、FXの自動売買だった。
最初は正直、不安も大きかった。
けれど、自動売買は、あらかじめ設定したルールに基づいて取引が行われる仕組みで、常に相場をチェックする必要がないのが特徴だ。これが私には合っている感じました。
投資にリスクがあることも、もちろん理解している。
だからこそ、
✔ 無理のない金額
✔ 仕組みを理解すること
✔ 生活を最優先にすること
これを自分の中でルールにした。
自動売買は「楽して稼ぐもの」ではない。
けれど、常に相場に張り付かなくてもいいという点は、
忙しい日常の中では大きな意味を持っていた。
台所のコーヒーが教えてくれたこと
人生を大きく変える決断はしていない。
ただ、選択肢を一つ増やしただけ。
それだけで、
台所で飲むコーヒーの味が、少しだけ変わった気がします。
今日も、いつもの日常が続いていく。
でもその中に、
「自分で選んでいる」という感覚がある。
それが今の私には、十分だった。
※本記事は個人の体験をもとにしたものであり、投資の成果を保証するものではありません。投資にはリスクが伴います。ご自身の判断と責任のもとで行ってください。



